ゴールドマン・サックス+こどまっぷ
Goldman Sachs + Kodomap
いつか、この糸をほどける未来へ。こどまっぷが企業との協働で届ける”見えない家族”の肖像
Tokyo Pride 2025 Parade & Festivalで、多くの人の心を打ったブースがある。ゴールドマン・サックスと一般社団法人こどまっぷによる『シルエットファミリー展』だ。まだまだ顔を出すことが難しいLGBTQ当事者の家族の姿を、モザイクではなく、刺繍を施したアート作品として展示するこの試みには、どのような想いが込められていたのか。こどまっぷ代表理事の長村さと子さんに話を聞いた。

一般社団法人こどまっぷ 代表理事 長村さと子さん
聞き手/髙松孟晋 撮影/北川滉大
取材撮影場所/足湯カフェ&バーどん浴
「モザイクではない表現」で、家族の姿を可視化する
ー「こどまっぷ」の活動について教えてください。
長村さん(以下同) 私たちこどまっぷは、子どもを育てたいと思っているLGBTQの方々を対象にサポート活動をしています。主な活動内容は、LGBTQ当事者で子育てをしている人たちが集まれる場所や、子ども同士の繋がりを作るコミュニティ運営です。
また、これから子どもを育てたいと思っている方たちへの妊活サポートもしています。現状、医療機関の受診のハードルが高いため、安心してかかれる医療機関に繋げる活動もしています。
他にも、今回の「シルエットファミリー展」のような可視化を目的とした活動や、法整備に向けたロビー活動も行っています。例えば、先日廃案になった「特定生殖補助医療法」などに関しても、議員の方々への働きかけをしてきました。
コロナ禍を経て、当事者向けの勉強会などはオンライン開催が中心になりましたが、最近では全国から毎回30組以上の方が参加してくださっています。年々参加者が増えている実感があり、皆さんの「子どもを育てたい」という思いを実現するためのサポートをしています。
ー今回の「シルエットファミリー展」を企画した経緯を教えてください。
「シルエットファミリー展」は今回のTokyo Prideで4回目となります。活動をする中でずっと感じていたのが、当事者の家族が、子どもも含めて顔を出すことの難しさです。メディアなどではプライバシー保護のために「モザイク」が使われがちですが、どうしてもネガティブな印象がつきまとうと感じていました。
そのイメージを払拭し、また顔を隠さなければいけないのか果たして本人たちだけの意志なのか、社会がそうさせているのではないか、という問いを投げかけるため、多様な家族の姿をポジティブに伝える新しい手法を模索する中で生まれたのが、今回の「シルエットファミリー展」です。
アーティストの澄毅(すみ たけし)さんと協働し、家族の写真を刺繍糸で彩ることで、匿名性を守りながらも、その家族の温かさや個性を表現するアート作品として展示しました。

写真提供:こどまっぷ
刺繍とはいえ「顔に穴を空ける」というのはかなりセンシティブな表現手法です。写真が出る家族の皆さんと澄毅さんが面談し、その人たちのイメージする色・好きな色をヒアリングして、どこまで姿を隠すかを一人ひとり決めていきました。

写真提供:こどまっぷ
作品の横には、ご本人たちが綴ったメッセージが添えられています。顔が見えない分、その言葉が家族の背景や想いをより強く伝え、鑑賞者はその人となりや人生に深く触れることになります。これまで10組ほどの家族が参加されてきましたが、今回のために追加募集をかけて、6組の家族の作品が増えました。
企業とのコラボレーションで得られた「心強さ」
ー今回は企業とのコラボレーション企画です。どのような経緯で実現したのでしょうか。
昨年度から企業との協働を模索していましたが、今回特定非営利活動法人 東京レインボープライドにご縁を繋いでいただきました。様々な企業とお話しする中で、ゴールドマン・サックスの担当者の方が、偶然にも私たちの会員さんだったんです。企業の中にも当事者の方がいることを改めて実感しましたし、長年LGBTQの活動に注力されてきた企業としての信頼感もあり、ぜひご一緒したいと思いました。
ーコラボレーションだから実現できたことはありますか。
まずは資金面で全面的にサポートいただけたことです。ブースを2つも出し、参加家族を「全員飾りましょう」と言ってくださって、今回の規模が実現しました。

写真提供:こどまっぷ
そして何より、精神的な「心強さ」です。当事者だけで活動していると、時に社会の中で孤立しているような感覚に陥ります。でも今回、社会的に認知度の高い企業が「後ろ盾」となってくれることで、自分たちの活動が社会の一部として認められているという大きな安心感を得ることができました。
「涙が止まらない…」アートが繋いだ共感の輪
ー当日のブースの反響はいかがでしたか。
ゴールドマン・サックスの社員の方々がボランティアとして大勢参加し、設営から来場者への説明まで、本当に手厚くサポートしてくださいました。
来場者の方々の反応も、想像以上のものでした。アンケートでは「非常に良かった」という回答がほとんどで、その場で涙を流されている方も多かったです。「涙が止まらない」という感想をいくつもいただきました。
以前、公共施設で同じ展示をした際に、作品に心ない落書きをされた経験があったので、正直、不安もありました。でも今回は、作品に込められた想いがまっすぐに届き、感動が共有される空間になったと感じています。ボランティアの方や担当者の方も涙ぐんでいて、皆で素晴らしい企画を実現できたという手応えがありました。
法整備が追いつかない、当事者家族が直面する現実
ーこの企画の背景には、当事者の方々が直面するどのような課題があるのでしょうか。
LGBTQ当事者の家族は年々増えていますが、法整備が全く追いついていません。特に同性婚が認められていないため、子どもがいることで不利益がより顕在化します。パートナーに親権がない問題、家族として公的なサービスを受けられない問題など、日々「どうしたらいいのか」という切実な相談が後を絶ちません。
ゲイ男性のコミュニティでは「子どもが欲しい」と言い出しにくい、といった声も聞きます。実際はゲイ男性は女性カップルも協力し合って子育てをしてる人たちもいます。ですが、性別問わず個人個人であるはずなのに女性が育児をするものだと言ったようなイメージもまだまだ強いのだと思います。私たちの活動は、子どもを持つことだけを推奨するものではありません。
いつか、「シルエット」でなくなる日まで
ー展示に参加されたご家族からは、どのような声がありましたか?
たくさんの方がご自身の作品に“会いに”来てくださいました。これまでの展示は、場所によって「遠くて行けなかった」という方も多く、今回Tokyo Prideで初めて作品をご覧になったご家族もいらっしゃいます。自分たちの家族の姿が、温かい刺繍の施されたアート作品として展示されているのを見て、その前で誇らしげに記念撮影をされている姿は、私たちにとっても本当に嬉しい光景でした。
その一方で、参加されたご家族とお話しする中で、この社会で暮らし続ける上での切実な想いに触れる瞬間もありました。ある方がふと口にした、「いつまで私たちは“シルエット”でいなければいけないのだろう」という言葉が、重く心に残っています。
刺繍をするために写真にあいた穴は、糸をほどいても消えることはありません。一度刻まれた経験が残り続けるように、その穴もまた、一つの表現であると感じています。
だからこそ、この活動を続けていきたいです。展示を見て「自分たちも参加したい」という声も多くいただいています。いつかこの作品たちを一冊の本にするのが夢ですね。そして、今回のゴールドマン・サックスさんのように、「多様な家族を応援したい」と思ってくださる企業との輪が、もっと広がっていくことを願っています。
ーありがとうございました。
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アートという手法で、声なき声を、見えない姿を浮かび上がらせた「シルエットファミリー展」。刺繍糸で色鮮やかに隠された家族の肖像には、「いつかこの糸をほどき、堂々と顔を上げて暮らせる未来が来てほしい」という切実な願いが込められている。





