MSD株式会社
MSD K.K.
25年にわたり性的指向・性自認に関わらず、社員が自分らしく活躍できる環境整備に取り組む社員ネットワーク。社会に先駆けた活動とその成果
アメリカに本社を置き、130年以上の歴史をもつ製薬会社であるMSD株式会社。がんや糖尿病、感染症などの領域における医療用医薬品や、ワクチンなどの製品を通して、幅広い医療ニーズに応えている。
同社では、SOGI、つまり性的指向・性自認に関わらず、社員が自分らしく活躍できる環境整備に取り組む社員ネットワーク「Rainbow Alliance(レインボー・アライアンス)」がアメリカ本社で立ち上がってから25年が経つ。日本法人でも2018年にRainbow Allianceが設立され、全国にいる115名のメンバーが活動している。日本のスタートは、ある一人の社員がコンビニエンスストアで社長と会って、その場でプレゼンをしたことだった。
他社に先駆けて社員ネットワークをつくり、四半世紀にわたって活動の輪をどう広げてきたのか。Rainbow Allianceアジア太平洋地域リードのセドリック・ティリオンさん(写真左)に、Rainbow Allianceの歴史と活動内容、今後の展望について聞いた。
聞き手・文/御代 貴子
日本のスタートはある一人の社員の熱意あるプレゼンから
――日本での活動がスタートしたきっかけというのが大変興味深いです。
セドリック・ティリオンさん(以下、セドリック) 日本で「Rainbow Alliance」という活動を行っているのですが、これは当事者である一人の社員による行動がきっかけです。その社員が、日本のMSD本社が入ったビルにあるコンビニエンスストアで、日本の社長に偶然会った際、「日本にもRainbow Alliance を設立すべきだ」と2〜3分のプレゼンをしたのです。いわゆるエレベーターピッチですね。
本人に話を聞くと、こういうチャンスを逃さないために、エレベーターピッチの準備をしていたとのこと。二度とないかもしれない機会を生かして思いを伝え、社長の合意を得たのです。他国で活動実績がある社員ネットワークだったので、経営トップの承認から日本法人でRainbow Allianceが立ち上がるまでのスピードは早かったように思います。
グローバル製薬企業には多様な人財の活躍が欠かせない
――Rainbow Allianceという貴社の取り組みはどういったものなのでしょうか。
セドリック MSDがグローバルで行っている様々な活動のうちの一つで、性的指向・性自認に関わらず社員が自分らしく活躍できるような活動を行っています。
そもそも、MSDは「最先端のサイエンスを駆使して、世界中の人々の生命を救い、生活を改善すること」というパーパスを掲げています。創薬を通して世界中の人々に貢献するためには、多様な人財が活躍するD&Iが欠かせません。
注力してきたことのひとつが、社員ネットワークです。Rainbow Alliance の他にも、Women’s Network、子育て&介護ネットワーク、障害者支援ネットワークなどがあります。Rainbow Allianceはアメリカで1999年に設立され、25年の歴史をもちます。社員ネットワークの大半は、社員が立ち上げたボトムアップの組織です。
――Rainbow Allianceは、どのような思いをもって、どういった活動をしてきたのでしょうか。
セドリック 一貫して注力してきたのは、性的マイノリティを含む性の多様性に対する社員の意識を高めることです。どのような組織でも当事者は必ずいるという意識を全社員がもち、誰もが働きやすい職場環境をつくることを目指してきました。社員に対するヒアリングや各種イベントの開催などを行い意識向上を図るとともに、要望を経営陣に伝えて人事制度の整備を進めてきたのです。
現在、Rainbow Allianceのメンバーは世界中に5,000名ほどいます。2005年頃までは10数名という小さなアライアンスでしたが、2017年頃からメンバーが急増し、この規模にまで成長しました。これだけの仲間が集まっていることが、意識の高まりを表していると思います。
ボトムアップのネットワーク組織だからこそ、活動が続く
――Rainbow Allianceは、日本ではどのような活動をしていますか。
セドリック まず、MSDは会社として、性的指向・性自認に関わらず社員が自分らしく活躍できる環境整備や制度の充実をはかっています。日本でRaibow Allianceが立ち上がったのと同じ2018年に、社員の同性パートナーや異性間の事実婚パートナーに対して法律婚の配偶者と同じく、会社の福利厚生制度を適用するなど、多様な背景や価値観を持つ社員のための制度を導入しています。
そのうえで、社員ネットワークのRainbow Allianceがあります。日本全国に115名ほどのメンバーがおり、D&Iや性的マイノリティに関する情報共有会を定期的に行っています。メンバー内のコミュニティでは、日本国内における性的マイノリティに関するニュースや政治の動き、判例の情報などを自由にシェアできるスペースを作っています。また、全社員向けのイベントや、ゲストスピーカーによるセミナーなど、年1〜2回ほど社内イベントを開き、社員の意識を高める活動を続けています。
社外の活動としては、Tokyo Prideや各地のイベントに参加をしています。皆で大きなイベントへ参加するという共通体験をすることで、Rainbow Alliance内外のコミュニケーションが活性化し、より強固なコミュニティになれると思っています。参加に向けた準備では、部門や拠点を超えた貴重なネットワーキングの機会になっており、ここで知り合った他拠点のメンバーに業務の相談ができるという効果も生まれています。2年前からは東京だけでなく、さっぽろレインボープライドや九州レインボープライドにも参加し、全国へ活動を広げています。
――MSDが、各国の法整備や社会的なムーブメントに先駆けてD&Iを力強く推進できているのは、なぜだと思いますか。
セドリック MSDは様々な分野で医薬品の開発を行っていますが、イノベーションを起こすためには多様な経験、考えや背景を持つ社員がお互いを尊重しながら健全なディスカッションを行うことが必要です。「最先端のサイエンスを駆使して、世界中の人々の生命を救い、生活を改善する」というパーパスのためにD&Iが不可欠だという考えを多くの社員がもっているからだと思います。
そのうえで、社員ネットワークであるRainbow Allianceがアメリカでの発足から25年にわたって継続している大きな要因は、「ボトムアップの活動」であり続けたことだと考えています。通常業務と並行して活動するので、Rainbow Allianceのタスクが本業を圧迫してはいけません。社員の負担が大きくなりすぎて活動が頓挫しないよう、一人ひとりが自分の活動量を決め、「できることをやる」姿勢を大切にしています。
日本では、リーダーの任期を1年単位にして負担を長引かせないことも継続のポイントだと思います。日本でRainbow Allianceを立ち上げた社員が初代の日本支部リーダー。私は二代目を務めました。三代目のリーダーは当事者ではなく、アライの二名です。そのうちの一名は本社ではなく工場勤務のメンバーであることも、このコミュニティの広がりを示していると思います。
日本のあらゆる職場を、安心して働ける環境にしていきたい
――Tokyo Pride 2025では、ブースでどのような内容を出展しましたか。
セドリック Tokyo Pride 2025のテーマである「Same Life, Same Rights」に則り、「みんなが平等な機会を持ち、自分らしく生きていくことを応援している」というメッセージを伝えていきました。
ブースでは、Rainbow Allianceの歴史と活動内容をパネル展示しました。また、先ほどすこしご紹介したMSDの他の多様な社員ネットワークも「Same Life, Same Rights」に賛同してくれて、One MSD としてRainbow Allianceとともにパネル展示しました。こうした展示は社外に向けた発信であると同時に、来場したMSD社員にメッセージを届ける意図もあります。自分の会社のブースに立ち寄ることをきっかけに、他社やNPOのブースにも足を運び、性的マイノリティを含む性の多様性へ意識を向けてもらうことを期待しています。Pride Parade & Festivalの場に来て初めて感じることがあると思うので、より多くの社員に来場してもらいたいと思っていました。
実際、経営層やまだRainbow Allianceメンバーでない社員もたくさんイベントにきてくれました。今年は「Same Life, Same Rights」およびMSDのレインボーロゴが描かれたバナーに全国の社員からメッセージを書いてもらってPride Paradeでも掲げて歩きました。約100名という多くの社員とともに、パレード行進に参加することができました。
――今後、D&Iの推進においてどのようなことに注力していきたいですか。今後に向けた考えをお聞かせください。
セドリック 日本全体に目を向けると、当事者が職場でカミングアウトしづらい会社がまだ多いと思います。毎年参加している「work with Pride」(性的マイノリティに関するダイバーシティ・マネジメントの促進と定着を支援する団体)の実行委員会でもよく聞かれる話です。
MSDの日本法人には、3,300名ほどの社員がいます。性的マイノリティの割合が10%弱だとすると数百名の当事者がいるはずですが、性的マイノリティおよびアライにより構成されるRainbow Allianceのメンバーはそれを下回っているのが現状です。そう考えると、当社にも安心して働けていない当事者がいるのだと思います。
「カミングアウトして、同僚の対応が変わることを避けたい」といった気持ちは理解できます。ただ、当事者がいることを明らかにしなければ、社内に性的マイノリティはいないと思われてしまいかねない。当事者がいないのだから活動の必要もない、といった風潮が生まれてしまわないよう、MSDだけでなく社会全体で皆が安心できる職場づくりを進めたいと思います。





